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<<   作成日時 : 2018/08/25 06:38   >>

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歴史調査(縄文と日本人とは何か? 梅棹忠夫について)
日本人は何か?というテーマについて、やはり梅棹忠夫は、避けて通れないかと思い、多少内容が縄文とは関係が見えにくいが整理し取り上げることにする。

残念ながら「文明の生態史観」と言う本は捨ててしまったようで、「日本とは何か」NHKブックス梅棹忠夫という本や、司馬との対談集しかなく、「文明の生態史観」の中で縄文がどう出てくるか確認できない。

「日本とは何か」という本(パリでの講義をまとめた本)にも総説 文明の生態史観という章があるが、縄文に言及がなく、文明発達経過の類似性を説明しているのみ。また、私のアプローチはヨーロッパ中心主義に基づいている歴史論理とは異なりますとも言っている。

 第一地域(ユーラシア大陸の東西端部)
@森林地帯・封建制を経てブルジョア革命・資本主義
A気候は温暖で森林に覆われていた、辺境のため暴力・破壊からまぬがれた。
  ある程度技術力が高まってから、暴力がきたから防御できた。
第2地域(四大文明の発祥地)
@ 砂漠・乾燥地帯、文明の発祥地域で、その後資本主義が発達しない
A 建設と破壊の繰り返し 

この本の解説 梅棹文明学の成立と展開(米山俊直)の章に、梅棹の位置づけが参考になるので、少し整理する。
@ 今西錦司の後継者として京大人文科学研究所に大阪市大から転任し、「文明の比較人類学的研究」を主宰。その後国立民族学博物館の館長に就任。
A 日本人論は「菊と刀」が有名であるが、古くは西周「国民気風論」1875、芳賀矢一「国民性十論」1907、志賀重昂「日本風景論」1894、新戸部稲造「武士道」1900、長谷川如是閑「日本的性格」1938、西田幾多郎「日本文化の問題」1938、坂口安吾「日本文化私観」等がある。福沢「文明論之概略」、柳田、
丸山真男、等の解説もあるが、省略。
B文明論ではトインビーの「歴史の研究」1954完成、西欧の比較文明学の正統な後継者として、伊東俊太郎は「比較文明」を書き、人類は5つの革命を経験したとする。1、人類革命2、農業革命、3、都市革命。4、精神革命、5、科学革命
C 村上泰亮、公文俊平ら「文明としてのイエ社会」で多系的発展論を述べている。(「多系的文化史観」村上泰亮という本を持っていたが今は無い)
D Cの中で梅棹について「彼の試みも、一種の多系発発展論であり、劣等意識に封印された戦後日本の知的状況を、鮮やかに切り開いた1つの突破口であった。しかしそれをそのまま踏襲するには、生態学的類推に頼りすぎ、西ヨーロッパとの異質性を看過しすぎているように思われる」 と述べている。

梅棹と縄文と入力してネットで調べても

三内丸山遺跡を訪れた国立民族学博物館の元館長の梅棹忠夫さんは、これは神殿ではないかと指摘している。とか三内丸山遺跡はj縄文都市だと言ったとか
しか出てないので、ここらで調査・整理は終わりにする。

梅棹に関し、私的に思うことは、若い頃は西洋史観に対向して、皇国史観に変わる文明の生態史観に共感したが、その後の史観の発展、批判に対する論証が無く、上記Dの批評が妥当かと思う。
近年の分子考古学や新しい考古学的発見により、日本人論も、昔の主張は古くなって、あまり参考にならなくなってきた。
そういう意味でも少し昔の本を整理しているわけである。

 

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