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<<   作成日時 : 2018/08/26 07:44   >>

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歴史調査(縄文と日本人とは何か? 山本七平)
「日本人とは何か。」PHP研究所、山本七平著1989年初版という本について、縄文はどう取り上げられているかを整理してみる。

第一部「かばね(骨)の時代」から「つかさ(職)の時代」へ
1、日本人とは何か

「人類史を駆け抜けてきた民族」の項目に
@縄文人とはという研究に、京大名誉教授日沼頼夫博士(ウイルス研究所前所長・生物学者)が、最近興味深い説を提唱した。ATLウイルスは東アジアでは日本人にしかいない、日本人以外では沿海州からサハリンに少数民族に発見されているが、中国・韓国には全くいない。日本では第一に九州・沖縄、第2に離島海岸地域、第3にアイヌでアイヌのキャリアに密度は一番高い。
Aこれは縄文人がATLウイルスを持っていたと考えられる。縄文時代は長かったので、縄文文化が日本文化の規定にあると言って良い。生活水準は必ずしも低くはなく、日本は天産物に恵まれた地であった。

「今も残る縄文時代の料理」という項目に
@日本料理は縄文時代の名残が数多くある。
A京大高谷好一教授は、今でも日本は、カシやシイの照葉樹林の森林面積比は世界一で、縄文時代は「半栽培屋敷園地」を形成していたと考えられるという。
B崎山理国立民族博物館教授は、日本語は系統未詳言語であるが、混合語(クリオール)の研究が不足しているという。以下混合語(クリオール)の紹介をしているが省略する。クリオールについては、先日の私のブログ「縄文と日本語」に記載の通り。

現在では上記縄文に関する記事は、特に目新しい内容ではないが、執筆された1989年においては、縄文時代はどれだけわかっていたのかな?考古学が進んで、「日本人とは何か。」という昔の議論が、古くなって読むのも嫌になってしまうような状況で、割合適切な縄文時代の紹介内容であったと考えますがどうでしょうか?

三内丸山遺跡(前期〜中期)は1989年当時知られているか、ウイキペディアで調査したところ、存在は江戸時代から知られており、1992年に本格的発掘称され、1996年6本柱が見つかった。その後、遺跡から出土した栗をDNA鑑定したところ、それが栽培されていたものであることなども分かり、多数の堅果類(クリ・クルミ・トチなど)の殻、さらには一年草のエゴマ、ヒョウタン、ゴボウ、マメなどといった栽培植物も出土した。

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