歴史調査(縄文と日本人とは何か? 縄文の生活誌)

歴史調査(縄文と日本人とは何か? 縄文の生活誌)
日本の歴史シリーズ01「縄文の生活誌」、講談社、岡村道雄著 2002年初版
とう本を図書館で借りてきた。本の内容は、旧石器、縄文時代の人々はどういう暮らしをしていたかを、ところどころ歴史物語風にして、説明している。(生活誌)
374ページもあるので、その一部をメモとして残す。

・冒頭、藤村真一による石器発掘捏造事件について述べ、著者との関係、この本の前期、中期旧石器時代の改訂経緯をのべている。(著者は藤村の成果を宣伝した一人→反省) 捏造遺跡の一覧表が記載されているが、当時の前期、中期遺跡の大部分が捏造遺跡で、その分野の人への衝撃の大きさが分かる。

・前期、中期旧石器時代の遺跡は少なく、この本では金取遺跡が8万年前と紹介している。最近では、出雲市の砂原遺跡での石器が12万年前とされ、一番古いらしいが、いずれにしても前期、中期旧石器時代の遺跡は少なく、いつから列島に旧人およびホモサピエンスが来たかは今後の研究・発見が必要のようだ。

・後期旧石器時代では、石器のつくり方、見分け方が書いてあり、物語は、 氷河期、男3人の偵察行

・縄文時代の定住化は九州南端ではじまった。
物語 鹿児島 母と兄弟2人の2家族(それぞれ妻と子供2人) 合計9人の日常生活

・十年で書き換えられた縄文観
 以前 
細々と獲物を捕り、貝を拾い、木ノ実を集めて、ひっそりと暮らしていた20~30人の集団
 今
意外と、豊富で多彩な食生活で、ネットワークも交流もあり、大規模集落もあった。

・文カレンダー(四季いろいろな食物を食べていた表小林達雄)
・発掘技術の格段の進歩、分子考古学や三内丸山遺跡の発掘の影響が大きい。

・三内丸山の項目では、近くの村から、13歳の少女が父に連れられて、祭りに参加するために三内に訪問する物語で生活誌を記載。

・集団内の階層とリーダーの有無
リーダーが必要であろうと想定される事例が増えて来た。墓や装身具から
リーダーの存在が推定される。能力によって緩やかな階級はあったが極端に突出した階級は無かった。

・東北日本縄文人の関東・甲信地方への移住

・晩期にいたって、東方地方南部、北陸地方北部、東海地方は、掘立柱建物を中心とした大規模な環状集落が、全国で最も発達した地域となった。新潟県北部の奥三面のアチヤ平遺跡から元屋敷遺跡に移住した集団の生活は、目に見張るものがある。(大規模土木工事)

・環状列石で行われた祭りの種類
 自然環境の悪化に中期までの発展社会が崩壊し、祭りと呪術に頼って、集団の結束を維持しようとした。









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