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<<   作成日時 : 2018/09/01 21:31   >>

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歴史調査(縄文と日本人 列島創世記 松本武彦)
日本の歴史 第一巻「列島創世記」・小学館・松本武彦著2007年初版という本を図書館で借りてきたので、メモ風に整理する。ただし、これまでブログで報告した内容は、省き、気になった点のみ報告する。

副題にあるように旧石器・縄文・弥生・古墳時代関して記述してあるが、旧石器・縄文について主に報告する。

はじめに
文字のない、あるいは少ない時代を、物質資料(考古資料)で人々や社会の動きを描き出す。
弥生時代以降は、文字記録を用いて物質資料を解釈したりして、文字資料を用いるのが主流であるが、一貫した物質資料の分析と、解釈の方法論を軸として、一人のものが旧石器から古墳時代まで一貫した方法論で四万年の歩みを綴るのは希である。
今回執筆の3指針
 @ 歴史をただの物語でなく、過去から現代を見据え未来を客観的に展望するための、人文科学とする試み。
人間自体の科学的探求(ヒューマンサイエンス)の中心をなす「心の科学」(認知科学)は、人類学、経済学、歴史学に新たな潮流をもたらしている。この本では、認知考古学の成果を取り入れ、そうした方法論を一貫した軸として、新しいヒューマンサイエンスの一翼を担うべき人類史と列島史の叙述を目指す。
A地球環境の変動が歴史を動かした力を、もっと積極評価する。
B「日本」という枠組を固定的に連続したものとして捉えないこと。

第1章 森と草原の狩人 旧石器時代
アフリカからの旅路
・700万年前 猿人(アウストラロピテクスなど)
・250万年前 原人(ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトスなど)
・60万年前 旧人(ホモ・ハイデルベルゲンシス、ホモ・ネアンデルターレンシスなど)
・15万年前 新人(ホモ・サピエンス)

5万年前ビッグバン

・美を求める人々
架空の存在、美の感覚、芸術的表現を進化の過程でヒトに植え付けた。なぜ、このようにプログラムされた人たちが多く生き残ったのか?(これらの行動は現代人も石器時代も同じ)
・実用を超えた凝りの出現
・技を伝える人々
・神を思う人々(架空、超自然を信じる心)
・なぜ人工物は進化するのか(社会関係の進化)

列島上陸
新人上陸、石器に地方色、氷期を生き抜く、ネットワークを重視した人々が縄文時代に多く生き残った。

第2章 海と森の一万年 縄文時代前半
風は南から
・腰を落ち着けた生活(南九州で定住化)
・家財道具の出現
・暮らしの中の狩り(小型動物を弓矢で)
・列島の早春賦(定着度は南九州、神奈川、静岡に数軒が横穴等に)

花開く物質文化
・定住によるサトの出現(ここに骨を埋めるという意識)
・コミュニケーションが物質文化をつくる(メッセージ付き道具からメッセージのみを物体化すろものまで現れた 例 フィギアー)
道具の実用的でない部分(凝った部分)にはメッセージ性がある。
・環状に並ぶ集落
以下縄文の暮らしぶりを記述してあるが略す

縄文の文化を解剖する
・定住がもたらす地域のまとまり
社会の人々に共有された「知」が目に見えるようになったものが、文化である。
定住化によって文化が地域ごと明確な形を見せるようになった。

・東日本に登場した派手な土器
爆発の導火線
a 定住がもたらした暮らしの特化が文化の中身を地域ごとに極めて濃厚にした。
b 定住によるコミュニケーション密度の高まりが、人工物に機能以外の「凝り」を盛り込み、強いメッセージ性を付与する傾向を増大させた。

東北南部、関東甲信越が派手な土器の産地だが、環状集落地域と重なる。

人口密度の低い、環状集落のない(コミニュケーション密度が低く、ネットワーク、交流の少ない)地域である西日本、列島南北端では、土器の総じて地味で文様も少ない。


土器の役割
東日本では、アイデンティティ、連帯感、作り手の競争、その他の役割

縄文は日本文化の「基層」か?
心の科学を学んだ今になっては、科学的な意味での基層や表層があることそのものが疑問である。
これが基層だといわれるもの
雑穀栽培、野生イモの利用、アク抜き技術、漆、動物の魂送り、宗教的儀式
どれも個別の生活の要素にしか過ぎない。(クリスマス 模倣できる)
先に説明した文化の根本、その社会の中で共有された知の中で、「概念や知識の連鎖の仕方」は、模倣できない。(これが基層文化というなら分かる)
認知考古学からは、縄文文化は現代日本人の文化とは遠い関係にある。

縄文社会は平等であったか?
・環状集落の配置は等間隔でなかった。
・広場に作られた墓も、広場の焦点にあるものがあり、葬る方法(配置)も異なる。
格差を包み隠す位置関係が住まいの形に現れ、対等とするメッセージがそこに盛り込まれている。その反面、墓にいれた品物の種類や数は、個人どうしの社会的な差異も認めていた。
従って、ある局面では互の対等を尊重し、別の局面では差異を認め合う社会を作りだしていた状況を、物質文化に盛り込まれたメッセージから読み取れる。

本日はここまでとする。

以下に平等とは如何なるものかについて、解説があり、弥生時代の記述にも、外から入ってきた格差社会(中国に発した「文明」の遺伝子)にも、北部九州以外では、上記縄文の基本的文化の形質は変わらなかったとの記述も見られ、さらに読みすすめて整理が必要である。















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