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zoom RSS 歴史調査(日本の国名 大和)

<<   作成日時 : 2018/09/14 06:35   >>

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歴史調査(日本の国名 大和)
本日は、日本国を表す大和(ヤマト)について整理する。

ヤマトとは
諸説あり不明?
山跡、山門、山東(三輪山の東)、邪馬台、山のふもと、やわと(柔=温和な所)

ヤマトになぜ大和という漢字を使うか
倭と同音の好字である「和」の字に「大」を冠して「大和」と表記し「やまと」と訓ずるように取り決められた。
701年国名は2字とされ、倭国は奈良地方とヤマト政権名と兼用であったが、倭国を大倭国とした(2字とは 尾張国とか三河国とか)、その後757年大倭国を大和国に改めたと考えられている。

和の意味・語源
倭の意味・語源は諸説あり不明だが、和は比較的意見が統一している。
和の旧字は
https://kanji.jitenon.jp/itaijiimg/439c.gif
画像
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意味は、元は音を揃える意味の音楽用語であるが、そこから柔らぐ、和む、喧嘩しない、日本などの意味になった。

解字は諸説あり
1 家の中で口を用いて稲の穂が風に一斉になびくように音を合わせる。
2 家の中で口を用いてストロー(稲=管楽器)を音を合わせて吹く。
3 右側は、禾編(のぎへん)で穀物がたわわに実った姿を表し、柔らかさを意味しています。左側は、束ねた竹に穴を開けて作った笛からでる調和した音を意味しています。
等がある。
漢和辞典では、旧字のように、のぎへんではなく、口へんで引きます。
本当は左右逆なのですが誰かが間違えたようで、間違えた字が正しい字になってしまったようです。

なぜ倭を和に変えたのか?
やはり倭は悪字で、和は好字と考えた可能性がある。
ヤマト=倭=和=日本

その他の日本の別称
あきつしま 、あしはらなかつくに、うらやすのくに、おおやしま、たまかきうちのくに 、しきしま、みずほのくに、ひのもと、扶桑、蓬莱他色々あり書ききれない。

感想
日本人ですから和という文字は好きです。しかし語源を知っている人は少なく残念です。また、大和をヤマトとなぜ発音するのか、日本語は本当に難しい。近年読めない名前が多いが、これも今に始まったことではないようだ。しかし、いきすぎは良くないと思う。

若い頃、神奈川県大和市に住んでいました。大和に関し、私的なローカルな話題で気が引けますが「神奈川でなぜ大和?」を追記します。、

「神奈川県、地理・地名・地図の謎」実業の日本社、浜田弘明著
に次のように書いてありました。

「神奈川でなぜ大和?」
1889年現在の大和市に鶴見村と渋谷村ができたが、鶴見村は下鶴間村と深見村と上草柳村と下草柳村と上和田村の飛び地が合併して出来た。鶴見村という名前も下鶴間と深見から一字ずつとって鶴見村とした。矢倉沢往還の宿場として栄えていた下鶴間と農家しかないその他では気質の違いがあった。村議会選挙でもめて、分村運動が起こり、@村名を変えること、A役場の位置を下鶴間と深見の中間に作ること、B村議会の議席配分を変更することを条件に和解した。
1891年県知事の内海忠勝が大きく和する「大和村」という村名を提案して決まった。その後渋谷村の一部との合併を経て大和町となり、1959年大和市となった。

                        
 以上














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