歴史調査(縄文と日本人 列島創世記 松本武彦 その2)

歴史調査(縄文と日本人 列島創世記 松本武彦 その2)
松本武彦著「列島創世記」の整理を続ける。

第2章 海と森の1万年 縄文時代前半

前回の復習
・縄文は日本文化の基層か・・・概念や連鎖の構造こそそう呼ぶべきもの、現代日本人とは遠い存在で同世代の外国人の方が文化の距離が近い。
・縄文社会は平等だったか・・・メンバーを互いに対等とするメッセージが伝わってくるが、個人の差異、集団どうしの間の差異もあったことが墓から分かる。

平等に関する追加メモ
・動物は序列の原理、人はプラス平等の原理(いつの時代も併存)
・序列の原理は不平等を認め、個体間関係のゆがみを合理化する。
・平等とは、不平等を否定し、合理化する。
人の進化の過程である段階に達した後作り出された概念
助けたこと、助けられたことを正確に覚えておき、長く付きうことによって、無駄な暴力や競争をさけ、助け合う、これにはある程度知能が進化しなければならない。霊長類のみに見られる行為

第3章 西へ東へ 縄文時代後半

並び立つモニュメント
・環状列石
大湯遺跡(秋田県鹿角市)・・万座・野中堂の2つの環状列石4500~4000年前・日時計・墓・祭祀 (ほかには伊勢堂岱・小牧野にも環状列石が有る)
2つの遺跡を結んだ線は、冬至の日の出、夏至の日没
・周堤墓
キウス2号(千歳市) 3500年前
・環状盛土
寺野東遺跡(小山市) 墓というより貝塚に近い

変わりゆく物の世界
・モニュメント、土器の精製、土偶の人間離れは、非日常の世界を演出する人工物・・・儀礼・祭祀に使われる?その集団でアイデンティティを確認する行為?

中期と後期のあいだ
・寒冷化で人口減少、環濠集落が消え分散居住
・西日本の人口増加(照葉樹林が茂り人が住めなかったが、寒冷化により、30対1が5対1くらいに変化、弥生への始動・・弥生時代は人口逆転)

縄文晩期
・亀ケ岡遺跡 精巧な文様の土器、遮光土偶、環柵集落
・三崎山遺跡(東北) 青銅刀
・城岳(ぐずくだけ)貝塚(沖縄) 明刀銭(中国戦国時代)

内からの弥生化(各地)
(北九州からすべての弥生化が始まったとは、言い過ぎである。)
外からの弥生化(北九州)

第4章 崇める人、戦う人 弥生時代前半

・文明型文化(水田・武器・環濠)
農耕、富の拡大、階層化、政治的統合、王国、戦争
・非文明型文化
狩猟採取、自然と共存、リーダーはいたが支配者はいない、

文明の遺伝子

武器に飾られた人・・・ヒエラルキー構造 
吉武高木遺跡(福岡市中央区)紀元前4世紀
・青銅鏡1、青銅剣2、矛1、戈1、勾玉1、管玉95、

戦いがつくる人の序列
ヒエラルキー構造への強力な吸引力

北部九州の戦いの痕跡
大酋長登場
須玖岡本遺跡
・甕棺、矛5、剣2、戈1、鏡30、璧、ガラス玉、棺の上に大石、

ムラどうしの序列形成のメカニズム
戦いはあったが、それを契機にムラどうしが集まり、大酋長は利害関係を調整していたのではないか?

よみがえる縄文、縄文への回帰現象
瀬戸内、近畿、東海は、縄文的文様土器、フィギュアー、打製石器の流行
これは、保たれた縄文の伝統
北部九州の大酋長はいない、稲作が入ってきただけで、縄文時代中期の東日本社会に近い構造

それではその他の地域の弥生化は
伊勢湾以東の東海、関東甲信越は、紀元前2~1世紀、瀬戸内、近畿、西部東海から、関東には東部東海から弥生化が伝わった。
東北には温暖な日本海経由か?


第5章 海を越えた交流  弥生時代後半
・高地性集落
・鉄への需要の高まり
従来の石器は、林立するムラどうしの同列的共栄を前提とした地域社会のネットワークで調達できるが、鉄器を入手するには、その原料を大陸から窓口を通して入手する必要が有り、窓口になるためには、信用、武力、財力、ノウハウ等が必要で、代表者への依存体質を強めていく。権力の集中が起こり、後の古墳時代へとつながってゆく。



















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