歴史探訪(街歩き 浅草~橋場)

歴史探訪(街歩き 浅草~橋場)
12月3日(月)、旧会社の仲間との月例街歩きで12月は浅草北部を歩きました。
浅草駅 ~弁天堂~『花』の歌碑 ~ 今戸橋跡と竹屋の渡し跡の碑 ~ 安藤東野墓・福寿院 ~ 出山寺(しゅつさんじ)・采女塚(うねめづか) ~ 妙亀塚(みょうきづか) ~ お化け地蔵(松吟寺) ~ 玉姫稲荷神社・口入稲荷神社 ~平賀源内墓所 ~ 橋場寺不動尊 ~明治天皇行幸対鷗荘跡碑 ~ 白髭橋・橋場の渡し跡 ~ 石浜神社

10時浅草駅を出発、曇りですが風もなく、無事スタートしました。弁天堂にお参りして、童謡『花』の歌碑に立ち寄りました。作詞者の武島 羽衣(たけしま はごろも、は日本の詩人、国文学者、作詞家。宮内省御歌所寄人。女子大に勤務しているので女性かなと思いましたが、本名・武島 又次郎だそうで、男性でした。
竹屋の渡しの竹屋は、近所の船宿の名前らしい。
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安藤東野墓・福寿院にいきました。安藤東野は有名な儒学者らしいが、残念ながら有難味が少しもわからない。
次に、出山寺(しゅつさんじ)・采女塚(うねめづか)に行きました。
采女塚は遊女「采女(うねめ)」と若い僧侶の恋物語で、僧は自害、遊女は鏡ヶ池に身を投げたという話らしい。11月歌舞伎座で「十六夜清心」という黙阿弥作の舞伎座を見たが、やはり遊女と若い僧の心中話で、禁じられた悲恋は人の心を打つので格好の題材だったのかな?なお、「十六夜清心」は、清元の素晴らしさが少し解ったような気がする演目であった。
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次に妙亀塚に行きました。謡曲『隅田川』や江戸名所図会にも登場する梅若丸の母、妙亀尼を祀る塚である。
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お化け地蔵(松吟寺) ~ 玉姫稲荷神社・口入稲荷神社 ~平賀源内墓所 ~ 橋場寺不動尊 ~明治天皇行幸対鷗荘跡碑と歩き回り、白髭橋・橋場の渡し跡につきました。
橋場の渡し跡は、偶然、前回のブログで紹介した、頼朝が畠山、江戸。河越氏などの秩父平氏と対峙し、頼朝が渡河したという伝説の残る場所です。
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最後に、第 1 鳥居、安永 8(1780)年、第 2 鳥居、寛延 2(1749)年の建立の立派な大鳥居のある石浜神社に参拝し浅草に戻りました。室町時代中頃千葉氏の石浜城のあった場所とも言われているようだ。
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追記
この街歩きの往路、三越前で乗換ましたが、三越前の地下通路に興味のあるパネル展示がありましたので追加報告します。
「日本橋 街道観光展 2018」12月16日まで

①パネルの一つは「日本百街道」の各街道の紹介パネルです。(100枚あったか数えていないが70枚くらいはあったと思う)
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②もう一つのパネルは イザベラ・バード「日本奥地紀行」の旅 というパネルが7枚ありました。
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立ち寄る機会があれば、ちょっと見ても損しないと思います。

感想
浅草北部にも、寺や神社が結構多い。また、橋場は隅田川沿いで風光明媚なところで、著名人の別邸が多かったようである。旧会社の友人と会話をしながら歩き、楽しい一日であった。

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