歴史探訪(江戸の街歩き 小石川~白山)

歴史探訪(江戸の街歩き 小石川~白山)

4月8日(月) 旧会社の仲間と歩いている月例の街歩きで、後楽園駅~小石川~白山まで歩きました。今回も、この歩く会の幹事が、毎回まとめている資料から抜粋して、簡単に整理させていただきます。ただし、ところどころ、私の撮った写真や、感想、独自調査した内容を適宜加筆追加します。

歩いた経路
後楽園駅~ 小石川諏訪神社 ~ 牛天神北野神社・中島敦子歌碑 ~ 牛坂 ~ 安藤坂 ~ 萩の舎(はぎのや)跡 ~ 川口アパートメント ~ 永井荷風生家跡 ~ 傳通院~ 善光寺 ~ 慈眼院/澤蔵司稲荷~ 慈照院~ 光円寺~ 極楽水跡 ~善仁寺小石川浄苑 ~播磨坂桜並木 ~ 石川啄木終焉の地碑・顕彰室 ~ 宗慶寺 ~ 御殿坂 ~ 白山神社 ~白山駅

■小石川
武蔵野の台地が小石川台となって神田方面に下る傾斜地が小石川。東京都文京区のおよそ西半分を範囲とし、江戸・東京の山手を構成している地域のひとつである。小石川は芝・麻布・赤坂・四谷・牛込・本郷と並ぶ、東京山手の外郭をなすエリアである。

小石川諏訪神社
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牛天神北野神社
江戸の街歩きは、主催している幹事が江戸名所絵図に出てくる場所をもとに経路を選定して歩き。要所要所で、江戸時代と現在の地形を説明してくれるので大変助かる。この北野神社も江戸名所絵図との違いがよく解った。
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牛坂
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川口アパートメント
劇作家、直木賞受賞作家の川口松太郎が建てた分譲・賃貸ヴィンテージマンション。(よく芸能人が住んでいた。今は?)
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傳通院
浄土宗寺院の無量山寿経寺伝通院は、浄土宗中興の祖了誉聖冏(りょうよしょうげい)上人が応永 22(1415)年に小石川極楽水に創建、慶長 8(1603)年徳川家康公の生母於大の方(法名傳通院殿)の埋葬に際して寺を当地に移して再興、増上寺源誉上人が兼務したという。
山門
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本堂
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傳通院にある墓
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於大の方墓所
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千姫墓所
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慈眼院/澤蔵司稲荷
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慈照院
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光円寺
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極楽水跡
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石川啄木終焉の歌碑・顕彰室
明治 45 年 4 月 13 日、文京区小石川のこの地において、肺結核で啄木は、わずか 26 歳の若さで生涯を終えた。歌碑・顕彰室が設けられており、年表、資料も見られる。
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白山神社
社伝によると、天暦 2(948)年、加賀国一之宮「白山比咩神社(しらやまひめ)」から勧請を受けて、武蔵国豊島郡本郷元町(現在の本郷 1 丁目)の一画で、現在より南東(東京ドームのやや東とされている)に創建された。
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境内にある白旗桜
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感想
今日のハイライトはやはり傳通院です。立派な寺があり、徳川家の将軍以外の子女の墓がありました。
また、本日4月8日はお釈迦が生まれた日で花祭りの日だそうです。お釈迦様に甘茶をかける風習があるそうです。あるお寺に甘茶が置いてあり、生まれて初めて飲んだところ、煎じた茶らしき味に加えて甘味が感じられました。後で調べたところ、原料はユキノシタ科の落葉性低木「アマチャ」の葉ということらしいです。
また、ちょうど花見の季節で、光円寺では、御衣黄と思われる緑の花の桜や
白山神社では、源氏ゆかりの花びらが大きくて白い白旗桜という桜も見ることができました。

追記4/13
御衣黄と思われる桜と書きましたがウコンかもしれない。本日新宿御苑で両方見てきましたが、記憶では花が大きく、少しウコンに近かったように思う。
新宿御苑の御衣黄は花が小さく、山桜風でウコンより見栄えがしない。
新宿御苑のウコン
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新宿御苑の御衣黄
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