歴史調査(江戸の下肥流通圏と神奈川の土壌)

歴史調査(江戸の下肥流通圏と神奈川の土壌)
5/5付朝日新聞 「The Globe」(付録紙)の「疲れる土」という記事が載っていた。「世界各地で土が疲れてしまっている」という内容の記事である。(人間の利用の仕方で近年エジプト、インドネシア、ウクライナ等で昔に比べ土の生産性が落ちていいる。)
その記事に、
①日本の土壌の代表として、黒ぼく土が紹介されている。この土は、縄文人が野焼きをしてできた土ともいわれている。(草原や森林等自然のままでは、できない土)
②肥沃なチェルノーゼム(ウクライナ等の黒土で肥料なしで小麦ができる土)は、養分を簡単に渡してくれるが、黒(くろ)ぼく土は、やせた土地として知られており、江戸が生み出す「うんこ」を肥料として使えた江戸近郊のような野菜産地はむしろ例外であった。
③黒ぼく土に限らず、火山灰由来の日本の土は、作物に養分をなかなか渡さない性格がある。こうした欠点を補う方法のひとつが水田耕作だった。土を、水中に沈めてしまうと、養分が取り出しやすくなるからだ。水によって連作障害を防止できる。
④これらの土地を有効利用できるのは、第二次世界大戦後、化学肥料を組み合わせて、土壌を改良してから、幅広く活用されるようになった。

この記事を読んで、なるほど、土の利用は農業であり、土の性質・農業の持つ意味が歴史と風土に深く関係している思った次第である。
(縄文時代の生活が江戸時代までの土に関係している。また、火山灰に関係しているなら箱根の噴火7万年前からも関係しているともいえる。)
①火山と縄文時代の生活が、黒ぼく土を作った。
②江戸時代近郊は江戸の食生活を支えた地域であり、この地域は黒ぼく土の土壌であったがために下肥流通圏でもあった。(土壌がチェルノーゼムだったとしたら、下肥はいらなかったわけである。)

2年前地域の催しで、
「考古資料に見る都市江戸と近郊農村」という話を、堀内秀樹(東大埋蔵文化財調査室)聞かせてもらった。
①われわれの住む横浜鶴見川上流の長津田、十日市場が「寛政下肥値下げ運動参加地域」の西の端であったようである。(江戸の下肥流通圏内)
②この下肥流通圏では、全国の農村地帯とは異なる江戸時代の出土遺物が発掘される。すなわちこの地域では、他の農村地域とは異なった豊かな生活をしていたことになる。
・屋号の付いた徳利・大皿(take outまたは配達)
・植木鉢
・燈明皿(ほかの農村では暗くなったら寝る)
・暖房器具(火鉢・七輪・丸底ほうろく)

黒ぼく土
農研機構から抜粋
https://soil-inventory.dc.affrc.go.jp/explain/D.html
黒ボク土は、保水性や透水性が良く、ち密度(土の硬さ)が低く、耕起が容易であることから他の土壌に比べて物理性は良好である。土壌の化学性に関しては、概して、活性アルミニウムを多量に含むことから土壌の有機物含量は高くなるものの、植物養分として重要なリン酸の吸着力も高い傾向にある。
黒ボク土は、主に北海道南部、東北北部、関東、九州に分布しており、活火山や2~3万年程度前まで活発な活動をしていた火山の分布状況を反映している。

黒ボク土は、縄文人が野焼きをしてできた土ともいわれている。最新説の文献は下記
file:///C:/Users/ntanaka/AppData/Local/Microsoft/Windows/Temporary%20Internet%20Files/Content.IE5/SFF17PW0/10_17_0002.pdf

下肥流通に関する文献を紹介する。
下肥流通の歴史・事情・価格・流通域・値下げ運動等詳しく書いてある。
「江戸の下肥流通と屎尿観」法政大学
https://hosei.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=6157&item_no=1&page_id=13&block_id=21
file:///C:/Users/ntanaka/AppData/Local/Microsoft/Windows/Temporary%20Internet%20Files/Content.IE5/UPG5B0P1/848419.pdf

日本の土壌分布
画像


神奈川県の土壌

神奈川県HP ホーム > 産業・働く > 業種別情報 > 農業 > 神奈川県作物別施肥基準
http://www.pref.kanagawa.jp/docs/f6k/cnt/f6802/index.html
土壌管理 [PDFファイル/381KB]
・県内に分布する土壌の種類
・水田の土壌管理
・畑の土壌管理
・樹園地の土壌管理
・施設栽培における施肥
神奈川県の土壌の種類、性質、施肥方法等が詳しく書いてあり、ここでは黒ボク土のみを記す。
(2) 黒ボク土
黒ボク土は、火山灰等の火山放出物を母材とする土壌で、壌質~粘質の腐植に富む黒色の土壌が相模原台地を中心として、三浦半島、横浜市、川崎市の多摩丘陵南部地域、相模原市、厚木市等に分布し、やや砂質の土壌(火山砂土壌)が、秦野市から山北町に至る線に分布している。リン酸吸着力が大きいのでリン酸欠乏を起しやすく、塩基の保持力が弱いため酸性化しやすい。また、軽しょうな土壌のため、風触害を受けやすい。黒色の腐植層を持たない黄褐色の土壌であっても、火山灰が母材でリン酸吸収係数が高ければ、黒ボク土に分類される(淡色黒ボク土)。県内の畑土壌では占める割合が最も多い土壌である。


感想
黒ボク土は、日本にしかない土壌であり、黒ボク土と下肥流通の歴史を知ることは、私たちの町の歴史を理解するうえで重要な知識であると思う。

私は名古屋近郊で育ったが、子供の頃(昭和25年頃)は、汲み取り代をもらえ、すぐに無料となり、昭和30年代は有料となった。下水道となったのは昭和40年代である。従って、下肥が無くなったのは、50年前でつい最近のことともいえる。有料になったのは、上記の文献によれば、元禄・宝永では無料、正徳・享保のころ少額の価値とあり、寛政では年間契約で非常に高額であったらしく、農家の支出の4割ともかいてある。
園芸も、農業も無縁な私にとって、リンが不足すると言われても、何のことか理解不能である。火山灰のアルミ成分でリンが吸収され、リンが不足した土壌になるのであろうか?
神奈川を知るには、土壌の種類、農業の歴史も多少理解したいので引き続き興味を持って調査していきたい。

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  • 歴史調査(黒ボク土は縄文人がつくった)

    Excerpt: 歴史調査(黒ボク土は縄文人がつくった) 「黒ボク土は,縄文人が野焼きをしてできた土ともいわれている。」と紹介したが、本日はこの点(黒ボク土と縄文人)にしぼって、追加調査をしたい。 Weblog: 歴史探訪・歴史調査 racked: 2019-06-10 11:24