歴史探訪(東海道歩き19回目 原宿~藤沢)

歴史探訪(東海道歩き19回目 原宿~藤沢)
12/16(月)旧会社の仲間と歩いている月例の東海道歩きの19回目で、原宿~藤沢周辺の寺社、名所・旧跡巡って、歩きました。今回も、この歩く会の幹事が歩くたびに、毎回まとめている資料から抜粋して、簡単に整理させていただきます。途中見学したところを下記に示します。ただし、ところどころ、撮った写真や、コメント、感想、独自調査した内容を追加します。
経路
戸塚からバスで原宿へ~名残り松 ~ 影取諏訪神社 ~ 鉄砲宿 ~ 旧東海道松並木跡碑 ~ 一里塚跡 ~ 遊行寺坂~ 大鋸諏訪神社 ~ 時宗総本山 遊行寺 ~ 藤沢市ふじさわ宿交流館~ 高札場跡 ~ 遊行寺橋(旧大鋸橋)~江の島道 ~ 自動車排気ガス測定局 前の藤沢宿説明板~ 境川 ~ 藤沢駅

今日は少し寒いが、午前10時戸塚駅に集合し、バスで原宿に向かった。
・名残り松
影取歩道橋東側手前の左手にある。1 本だけ残っているこの松であろうか。
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・影取諏訪神社
影取という地名や、鉄砲宿という地名は
金持ちの家で飼っていた「おはん」と名付けた大蛇が、捨てられて影を食うので嫌われ、鉄砲で撃ち殺される・・・・というお話から
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・鉄砲宿
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旧東海道松並木跡碑
松が排気ガスでほとんど枯れかけていた。
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・一里塚跡
日本橋から 12 里目、今は何も残っていないとのが説明してある。多分1里塚を探し回る人がいて、住民は迷惑なのだろう。
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・ 遊行寺坂
箱根マラソンでテレビ中継される有名な坂で、確かに登るには相当きついと思われる。(長さ 730m、高低差 34m,平均斜度 2.7 度)
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・ 大鋸諏訪神社
清浄光寺(遊行寺)を開いた遊行上人第 4 代呑海が、清浄光寺鎮護のため信州の諏訪から勧請し、建武 2(1335)年創建された。
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・ 時宗総本山 遊行寺
正中2(1325)年遊行 4 代呑海上人が、実兄である俣野(現在の藤沢市、横浜市周辺)の地頭俣野五郎景平の援助によって、極楽寺という廃寺を再興して、遊行引退後の住まいとしたのが藤沢山清浄光院(のちに清浄光寺)となった時宗の総本山である。
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惣門(総門)黒門とも呼ばれる。
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本堂・・・・東海道随一と謳われる木造本堂
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樹齢700年の大イチョウ
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・一遍上人銅像
時宗の宗祖として仰がれる一遍上人は延応元(1239)年に伊予道後に生れ、10 歳で出家以来 20数年間の修行ののち、独自の念仏信仰を確立し、文永 11(1274)年に日本国中を念仏賦算(お札配り)と踊り念仏の遊行の旅に出発し、正応 2(1289)年に 51 歳で兵庫の真光寺で没した。その間 25 万人以上の人々に念仏札を配ったといわれている。遊行寺とは直接の関係はない。
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・ひぎり地蔵
日を限ってお参りをすることによって願いがかなえられる。
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・小栗判官・照手姫の墓
武将小栗満重・助重親子(常陸の武将)のストーリーをモデルにした関東各地に残る伝説である。室町時代の関東地方の歴史書『鎌倉大草子』に掲載されているが、近松門左衛門の人形浄瑠璃『当流小倉判官』や説教節『おぐり判官』などに脚色されていて話が様々ある。
ここの長生院に伝わる話しでは、満重は、足利持氏に反乱を起こしたが敗けて敗走中に、藤沢の盗賊に殺されそうになり、照手姫が密告して助け、妻に迎えた。助重の死後、照手は髪をおろして長生尼と名乗り助重と毒殺された家臣の菩提を弔って生涯を過ごしたという。
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・藤沢宿の概要
藤沢は、時宗総本山遊寺(清浄光寺)の門前町として栄えた。北条早雲に始まる後北条時代は、小田原城と支城の江戸城や八王子城、玉縄城を結ぶ小田原街道の分岐点として、後北条氏の関東支配の拠点ともなっていた。小田原北条氏が弘治元(1555)年に藤沢大鋸町に伝馬(てんま)を置くなど、交通上の要地ではあったが、慶長 6(1601)年に駅制が定められるにあたって藤沢宿として整備され東海道の宿場となり、後に戸塚宿、川崎宿が追加され五十三次の江戸日本橋から数えて第 6 番目の宿場となった。
・藤沢宿の規模
江戸時代の藤沢宿は、天保 14(1843)年の『東海道宿村大概帳』に、宿内人口 4,089 人(男 2,046人、女 2,043 人)で、総家数 919 軒、旅籠 45 軒、大名や公用の旅客の宿泊施設である本陣が 1 軒、脇本陣が 1 軒と記されている。人口では城下町であった小田原宿、大きな湊でもあった神奈川宿に次いで多かったものの旅籠数は比較的少なかった。
・ 藤沢市ふじさわ宿交流館
本日月曜のため休館
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・高札場跡
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・ 遊行寺橋(旧大鋸橋)
藤沢宿の境川にかかる東海道の橋
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・江の島道
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・ 藤沢宿説明板(自動車排気ガス測定局 前)
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・境川
境川は、小田急江ノ島線に並行して東側を流れていて、柏尾川等の支流と合流している。下鶴間あたりの境川は、武蔵と相模の国境である。
一方、小田急江ノ島線に並行して西側を流れているのは、大和市泉の森から流れ出ている引地川である。
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感想
今日は天気も良く、厚手の半コートを着ていたため、暑いくらいであった。車の多い旧1号線ではあるが、歩道が車道と分離しているのでそんなに苦にはならなかった。本日の一番の見どころは、遊行寺である。40年前に行ったらしいが、全く覚えていない。見どころが多く、昼食が予約してあるため、全部は回れなかった。












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