歴史探訪(神奈川県の史跡 藤沢市文化財ハイキングコース『片瀬旧道・江の島道コ-ス』)

歴史探訪(神奈川県の史跡 藤沢市文化財ハイキングコース『片瀬旧道・江の島道コ-ス』)
2020年11月15日(日)地元大和市のウォーキングコースは12コースあるが、12コースすべて歩いてしまったので、大和市近辺のウォーキングコースに広げて歩いている。このうち、 藤沢市文化財ハイキングコースは20コースあるが、本日で11コース目である。本日は、藤沢市の文化財ハイキングコース・片瀬旧道・江の島道コ-スを歩く。
一応、神奈川県の史跡と銘打って、歩いているが、藤沢市の極めてローカルな史跡であることを、事前に断わっておく。
なお、最近は、神奈川県の国指定、県指定史跡の少し遠出のウォーキングも再開し、こちらは、85ヶ所のうち残るのは17か所である。
藤沢市文化財ハイキングコース『片瀬旧道・江の島道コ-ス』HP
https://www.fujisawa-kanko.jp/bunkazai/01.html
HPからのコース紹介文を抜粋
このコースでは、新林公園を過ぎたあたりからほぼ旧江の島道のルートになります。
静かな昔の面影を残した江の島道を龍口寺まで歩きましょう。
江の島道というのは、藤沢宿遊行寺の前から江の島へ至る道のことで、江の島弁財天に参詣する道でした。
江戸時代になると庶民のあいだに弁財天信仰が盛んとなり、大山、鎌倉、あるいは金沢八景とあわせて、江戸から箱根関所を越えずに訪れることができるということもあって、近在から多くの参詣客で賑わいました。
耳を澄ませると昔の人のざわめきが聴こえてきそうな古道を潮の香を胸一杯にタイムトリップしてみましょう。

コース
藤沢駅~旧近藤邸~旧小池邸~馬喰橋~岩谷不動~江ノ島弁財天道標~泉蔵寺~諏訪神社下社~諏訪神社上社~密造寺~江ノ島弁財天道標~本蓮寺~江ノ島弁財天道標~寛文庚申供養塔~常立寺~江ノ島弁財天道標~龍口神社~龍口寺~江ノ電江ノ島駅~江ノ島弁財天道標~小田急片瀬江ノ島駅
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訪問記
藤沢駅
旧近藤邸(市民会館前の公園内)
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市民会館前の碑(福永陽一郎・片山哲)
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新林公園
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旧福原家長屋門(新林公園内:しんばやし)
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旧小池邸(新林公園内:しんばやし)
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馬喰橋(古い文献に出てくる橋:うまくらばし)
境川にかかる橋と思い込み見逃した。後で調べると橋は、江ノ島道にかかる橋で新屋敷橋の少し手前にある。
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岩谷不動
弘仁5年(814)、弘法大師がここに岩窟を掘り修行をしたといわれています。その後、快祐上人が石籠山救法教寺を開き、延亨元年(1744)、ここで即身成仏したと伝えられています。岩窟内は6畳程の広さで火焔を背負った不動尊が祀られています。毎年1月28日の初不動には、多くの参拝客で賑わいます。(HP説明文)
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江ノ島弁財天道標
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泉蔵寺
鎌倉時代初期の建立と伝えられているが、江戸時代の火災によって詳しい文献は焼失してしまいました。享和年間(1801~1804)法印隆誉が再建しました。本堂前には、四国八十八ヶ所霊場の砂を埋めた霊場があり、修行弘法大師像が中央に置かれています。本堂には、一遍上人ゆかりの片瀬浜地蔵堂の本尊だった地蔵菩薩像が祀られています。(HP説明文)
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諏訪神社下社
創建は養老7年(723)。信濃国諏訪大社からの御分霊を上、下社に祀ったことから始まりました。後に下社は宮畑から鯨骨に、上社は諏訪ケ谷から浪合に遷されました。元弘3年(1333)、新田義貞が鎌倉攻めをした時に焼失してしまいましたが、正平2年(1347)に社殿が再建されました。その後も改築され、現在も片瀬地区の氏神様として尊ばれています。(HP説明文)
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諏訪神社上社
相当高い階段を登ると社殿があるが、門扉が閉じており、少し遠いところから拝むことになる。上社・下社の両方あるのは諏訪本社とここだけと書いてある。
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上社からの江ノ島方面の眺望
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密造寺
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江ノ島弁財天道標
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本蓮寺
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江ノ島弁財天道標
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寛文庚申供養塔
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常立寺
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江ノ島弁財天道標
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龍口神社
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刑場跡
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龍口寺
本尊は大曼荼羅、創建は延元年(1336~1340)。日蓮の弟子日法上人が日蓮聖人像を安置したのが始まりとするなどの諸説があります。鎌倉時代後期、日蓮は『立正安国論』を示し、法華経を唱えることによる国家安泰を説きました。この活動に不安を覚えた幕府は、日蓮を龍の口にて処刑しようとするが、この時、江の島の方から大きな玉のような「ひかりもの」が処刑場に飛んできて、斬首役人はおののきひれ伏したと伝えられています。もともとこの処刑に異論を唱えるものも多く、処刑は中止となり日蓮は佐渡へ流されるが、やがて鎌倉に戻ってきました。現在も日蓮が入られていた土牢が残っているほか、境内には神奈川建築物百選に選定されている五重塔もあります。(HP説明文)
本日は骨董市が立っていた。
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江ノ電江ノ島駅に戻ったが、乗車賃および乗換都合から、小田急片瀬江ノ島駅に行く事にした。

江ノ電の駅から小田急の駅へ行くにぎやかな道の途中にまた江ノ島弁財天道標があった。今日は多くの道標を見たがここも江ノ島道だろう。
江ノ電は江ノ島道に並行して境川の西側を南北に走っているが、この境川&江ノ島道に人家が多かったということだろう。一方小田急は後で申請したために、江の島への経路を迂回を余儀なくされ、藤沢駅でスイッチバックすることになってしまったらしい。

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小田急片瀬江ノ島駅
駅舎改築の工事は完全に終わっていた。
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感想
本日は、江ノ島道を歩いたが、境川沿い東側の車も少ない路地道で、寺社もいくつかあり、道標や庚申塚も数多くあった。(16000歩)
昔の人は大山参りの帰りに、健脚だったらしいから、ルンルン気分で楽しく歩いた道だったのだろう。


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