歴史探訪(神奈川県の史跡 藤沢市文化財ハイキングコース『鵠沼南部石造物探索コース』)

歴史探訪(神奈川県の史跡 藤沢市文化財ハイキングコース『鵠沼南部石造物探索コース』)
2020年11月26日(木)地元大和市のウォーキングコースは12コースあるが、12コースすべて歩いてしまったので、大和市近辺のウォーキングコースに広げて歩いている。本日は、藤沢市の文化財ハイキングコース『鵠沼南部石造物探索コース』、14コース目/20コースを歩く。

コース
藤沢駅~庚申供養塔~花立公園~大東の辻~観音堂跡~馬頭観音塔2基~茂兵衛の辻~原地蔵堂~仲東の辻~稲荷大明神~地蔵尊~本真寺~馬頭観音塔~浜道地蔵堂~道祖神塔~藤原堤修復碑~鵠沼稲荷神社~引地川改修碑・道祖神~
聶耳記念碑 (にえあるきねんひ)~鵠沼海岸駅

コースマップは下記藤沢市文化財ハイキングコース『鵠沼南部石造物探索コース』を参照ください。
https://www.fujisawa-kanko.jp/bunkazai/06.html
コース紹介文を抜粋します。
このコースは潮風に吹かれながら、松並木や別荘地の風情の中にたたずむ石仏たちを訪ねるコースです。
鵠沼というと―閑静な住宅街、別荘地、湘南海岸、松林―そんなイメージが頭の中に浮かんでくるまち。地区内の湿地に鵠(くぐい、白鳥の古名)が飛来したことが地名の由来とされます。中世の紀行文学に砥上が原と記されているように、南部は荒涼たる砂原が広がっていました。海岸方面が開発されたのは、明治35年(1902)の江ノ島電鉄営業開始、昭和4年(1929)の小田急江ノ島線開通によって湘南の別荘地・海水浴場として脚光を浴びるようになってからです。徳冨蘆花・芥川龍之介・菊池寛・岸田劉生らが文学や絵の世界で鵠沼風物を描き、都会人のあこがれを抱かせた場所として知られています。それとともに、古くからの家も多く、祖先から伝わる庚申供養塔などを後世へ伝承させている姿も見られます。


訪問記
藤沢駅南口を出て、西に小田急線沿いに歩きだします。踏切の交差点に庚申供養塔があります。
庚申供養塔
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アパートの前に第2花立公園がありますが、その先に花立公園があり、公園入口付近に庚申塔があります。
花立公園
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大東の辻
辻には庚申塚があります。
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観音堂跡
地図にある場所には駐車場があり、特に説明板も無いようです。

馬頭観音塔2基・茂兵衛の辻・原地蔵堂は道を間違え見ていない。

仲東の辻
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稲荷大明神
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地蔵尊
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本鵠沼駅にでて線路際を歩くとお寺が見えてくる。
本真寺
1903年(明治36年)に颯田本眞により慈教庵として細川家別邸内に創建。 1923年(大正12年)9月1日の関東大震災で慈教庵は倒壊した。 その後現在地に移転、本真寺と号した。
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馬頭観音塔はある場所に何もない、どこかへ移設したのではないかと思う。
浜道地蔵堂
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ここから西に歩いて引地川に向かう。
道祖神塔
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引地川(大平橋)
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引地川西岸を江ノ島方面に歩いて行くと、松の根元に碑がある。
藤原堤修復碑
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日出橋を渡って、東側に少し歩くと立派なお稲荷さんがあった。
鵠沼稲荷神社
昭和4年(1929)、小田急江ノ島線が開通し、鵠沼海岸駅前を中心に開発が進む中、近隣住人の要望もあって、昭和18年(1943)、京都市伏見区の旧官幣大社伏見稲荷の御分霊を勧請して創建されました。湘南のお稲荷さんとして親しまれています。
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引地川河口手前にに碑があったが、傷んでいて字がよく見えない。
引地川改修碑・道祖神
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河口に江ノ島からの道に鵠沼橋がかかっているが、東岸遊歩道には歩道橋がかかっている。
引地川河口と江ノ島(歩道橋の上から撮影)
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鵠沼橋のたもとに、小さな公園風に聶耳記念碑が建っており、聶耳に関する説明板も多くある。
聶耳記念碑 (にえあるきねんひ)
中華人民共和国国歌「義勇軍行進曲」の作曲者である聶耳(ニエアル)は、1912年(明治45年)に昆明市で生まれ、来日した1935年(昭和10年)7月17日、鵠沼海岸で遊泳中に帰らぬ人となりました。異国の地で生涯を終えた聶耳の死を悼み、藤沢市民は1954年(昭和29年)に記念碑を建立しました。その後、両市民の友好が深まり、1981年(昭和56年)に藤沢市と昆明市は友好都市提携を行いました。
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奥にある碑の円形の中に、顔写真があるが、傷んでいるせいか、ビニールシートで覆っているので、近くに行かないと良くわからない。
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聶耳記念碑から近くの小田急江ノ島線 鵠沼海岸駅へ出て帰宅した。

感想
本日も天気がよく快適なウォーキングであった。約1万6千歩
旧村道・旧街道は細くて辻が多く、かつ、石造物は小さいので、やはり一人で歩くと、迷ってしまい、2~3の石造物は見逃してしまった。
鵠沼稲荷神社も本真寺も新しくできた寺社で、神社・お寺が明治時代になるまでなかったのだから、昔ここら辺は沼や砂原で人は住んでいなかったようだ。別荘ができて、開かれた土地ということらしい。
中国国家の作曲家・聶耳は片瀬海岸でおぼれてしまったようだが、あまり泳ぐ経験がないと、海は怖い。

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