歴史探訪(神奈川県の史跡 藤沢市文化財ハイキングコース『耕余塾・養命寺コース』)

歴史探訪(神奈川県の史跡 藤沢市文化財ハイキングコース『耕余塾・養命寺コース』)
2020年12月8日(火)地元大和市のウォーキングコースは12コースあるが、12コースすべて歩いてしまったので、大和市近辺のウォーキングコースに広げて歩いている。
本日は、藤沢市の文化財ハイキングコース『耕余塾・養命寺コース』、16コース目/20コースを歩く。

コース
小田急江ノ島線・藤沢本町駅から神奈中バスでバス停大六天へ移動~宗賢院~バス停明治小学校~城神明社(たてしんめいしゃ)~柏山神明社・厳島千人力弁天社~本願寺~養命寺~おしゃれ地蔵~耕余塾跡~三觜八郎衛門家住宅~羽鳥御霊神社~汲田墓地~汲田バス停~藤沢駅
 耕余塾跡付近の地図 

明治中期、横浜の師範学校内に設けられた中学校と並び、県内屈指の中等教育機関として名高った小笠原東陽主宰の私塾「耕余塾」、その史跡を中心に周辺の文化財を訪ねるコースです。城神明社は中世の伊勢神宮領大庭御厨ゆかりの神社です。城を「たて」と読みますが、この近くに当時の在地武士の館があったと考えられています。
コースマップやコース紹介は下記HPを参照ください。
藤沢市の文化財ハイキングコース『耕余塾・養命寺コース』
https://www.fujisawa-kanko.jp/bunkazai/08.html

なお、HP記載のコース順と私の歩いたコースとは若干違いがあります。
① 歩いた順が逆(バス停明治小学校~汲田バス停の間は記載のコースと同じです。)
② コースのバス停に行く、あるいは、戻る駅が違います。
藤沢本町駅から湘南台駅行きのバスに乗りバス停明治小学校のひとつ先のバス停大六天まで行き、宗賢院というお寺を見てから明治小学校の向かい側にある城神明社へ、歩いて行きました。また、汲田バス停から辻堂駅ではなく反対側の藤沢駅に出ました。

訪問記
小田急江ノ島線・藤沢本町駅から神奈中バスでバス停大六天へ移動、大庭城址コース を訪問した時、見忘れた宗賢院に行ってから、城神明社に行く事にした。

宗賢院
永正2年(1505)、虚堂玄白大和和尚により開創された曹洞宗寺院。近隣の17末寺を治めた地方本地だった。本堂隣の龍骨は、その昔周辺の村が干ばつになった時、雨乞いの儀式で祀ると必ず霊験があったといわれるもの。
イチョウと紅葉がきれいでした。
IMG_2517.JPG
IMG_2519.JPG
IMG_2520.JPG
城神明社(たてしんめいしゃ)
IMG_2522.JPG
柏山神明社・厳島千人力弁天社
右が弁天社・左が神明社ですが、有害鳥獣駆除のためと縄張りがしてあり、立ち入れませんでした。すずめ蜂でもいるのでしょうか?弁天社は池の中の島にあり、橋が架かっており、池にはオオバンとカルガモがいました。
IMG_2529.JPG
神明社の前にある立ち入り禁止の札
IMG_2527.JPG
本願寺
IMG_2530.JPG
養命寺
曹洞宗、大庭宗賢院の末寺です。昭和2年(1927)国指定重要文化財に指定された薬師如来坐像を安置しています。
IMG_2535.JPG
おしゃれ地蔵
県道44号線沿いにある小さな地蔵です。「女性の願いならなんでも叶える」と言い伝えられ、願い事をしにくる女性が後を絶ちません。願いが叶ったら顔に白粉を塗って御礼するのが習わしで、お化粧をしたようにかわいい顔をしています。そんなことからいつとはなく「おしゃれ地蔵」と呼ばれるようになりました。
IMG_2533.JPG
耕余塾跡
耕余塾は、明治5年(1872)3月、羽鳥村の廃寺徳昌院の庫裏を校舎として、名主三觜八郎右衛門が儒士小笠原東陽を招いて開設した「読書院」に始まります。明治6年には、「学制」に基づく小学校が羽鳥にも設置されますが、読書院は私塾として継続し、明治11年には、入塾者増加のため、新校舎を落成、「耕余塾」と改め、明治30年まで続きました。門下生には、東陽の人格と塾の学風を慕って、遠方からの入塾者も多く、後の首相吉田茂、町医者にして自由民権運動家であった平野友輔らの名が連なっています。
IMG_2538.JPG
IMG_2540.JPG
三觜八郎衛門家住宅
IMG_2542.JPG
羽鳥御霊神社
IMG_2545.JPG
IMG_2546.JPG
汲田墓地
小笠原東陽の墓
IMG_2554.JPG
IMG_2552.JPG
三觜家墓
墓地の大部分・多数の墓が三觜であるが、奥に一段と大きな墓があるが、本家の墓と思われる。
IMG_2556.JPG
汲田バス停から藤沢駅へ戻った。1万2千歩

感想
12月にしては、暖かな一日であった。
ここら辺は藤沢駅と大庭城址の中間にあり、前回、回った皇大神宮も近く神明社が多いから、大庭御厨の一部であったのであろう。御霊神社もあるから、その後鎌倉党の支配に入ったのかな?
小笠原東陽主宰の私塾「耕余塾」というのは、初めて知ったが、日本全国どんな田舎でも・教育に熱心な人が昔からいるものだと感心させられる。しかし、近年は拝金主義が蔓延しており、残念である。三觜八郎衛門家住宅も2~3年後取り壊し予定らしい。




  

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント