歴史探訪(神奈川県の史跡 藤沢市文化財ハイキングコース『村岡南部・御霊神社コース』)

歴史探訪(神奈川県の史跡 藤沢市文化財ハイキングコース『村岡南部・御霊神社コース』)
2020年11月23日(月)本日は、先日歩いた、藤沢市の文化財ハイキングコース『村岡城址コース』に続き、『村岡南部・御霊神社コース』)を歩く。
藤沢市文化財ハイキングコースは20コースあるが、本日の『村岡南部・御霊神社コース』で13コース目である。
https://www.fujisawa-kanko.jp/bunkazai/04.html
コース紹介文抜粋
村岡は、柏尾川流域の低地と丘陵から成り、重なり合う岡の群れが地名の由来とされています。
西端の境川は旧郡堺で、かつては相模国鎌倉郡に属していました。
10世紀前半の平将門の乱で活躍した平良文(村岡五郎)の根拠地と伝えられ、12世紀初め鎌倉権五郎景正(景政とも書く)が当地を開墾し、以来、鎌倉党という武士団の根拠地になりました。 宮前・川名などの御霊神社に景正が祀られており、村岡城址公園や橋名になっている古館のあたりは当時の武士の館だったと考えられます。また、地区内に武蔵府中(東京都)方面から鎌倉街道が通っていました。
特に宮前あたりは柏尾川を渡る交通の要所で、元弘3年(1333)鎌倉幕府の滅んだ合戦では激戦地となりました。
このコースでは、御霊神社を中心に、その周辺の寺社や奈良時代の横穴墓などを訪ねて村岡南部を散策しましょう。

コース
藤沢駅南口から江ノ島バスでバス停御霊神社前へ移動~川名御霊神社~神光寺~神光寺横穴墓群~法善寺~弥勒寺~徳壽院跡~宮前御霊神社~兜松~六地蔵~バス停古舘橋から藤沢駅南口へ
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訪問記
藤沢駅南口から江ノ島バスでバス停御霊神社前へ移動

川名御霊神社
天慶4年(941)の創建といわれ、早良親王(桓武天王の同母弟)と、鎌倉権五郎景政を合祀しています。宮前御霊神社の分社で川名地区の鎮守の社です。毎年9月の第2日曜日には、権五郎の人形を乗せた山車が出て、市指定重要無形民俗文化財の川名屋台ばやしが祭に華を添えます。
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神光寺
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神光寺横穴墓群
神光寺裏山や周辺には8世紀頃を中心に作られた横穴墓群があり、市の史蹟に指定されています。アーチ形の墓の跡で、奈良時代前期から後期のものといわれています。新林地区で金色の太刀の飾り柄頭が出土、県立埋蔵文化センターに展示されています。
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法善寺
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弥勒寺
嘉禄2年(1226)に北条泰時が創建したと伝えられています。当初は法泉寺と称し、禅寺だったといわれています。元弘の変の時に、全山焼失したが本尊弥勒如来だけが残りました。その後、何度か再建され、天正元年 (1573)、日祐が再興した時に日蓮宗に改宗したと伝えられています。
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徳壽院跡
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宮前御霊神社
ここは5柱(鎌倉権五郎景政他合計五霊)が祀られている。御霊神社(ごりょうじんじゃ / ごれいじんじゃ / みたまじんじゃ) は全国各地にあり、祭神はいろいろあるが、藤沢市・鎌倉市は鎌倉党の本拠地で鎌倉権五郎景政が祀られている。由緒の碑に5柱になった経緯が書いてある。
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七面宮
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旗立山
源氏の白旗の由来となったところらしい。少し登ってここかなという平になったところを撮ったが、真偽は不明?
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神社の裏から兜松へ行く道は鎌倉古道上の道らしく、看板や道標があった。
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兜松
工場の敷地内にあるため金網越しに撮影した。
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六地蔵
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バス停古舘橋(バス停手広より近い)から藤沢駅南口へ移動した。
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感想
本日も平年より気温が高く、ウォーキングには最適な気候である。約1万5千歩、ほぼコース通り歩いた。
村岡という地名は、平良文(村岡五郎)の根拠地・関東平氏の発祥の地名のひとつで、かつ、鎌倉権五郎景正(景政とも書く)が開いた鎌倉党武士団の根拠地であるから、由緒ある地名ということらしい。
本日の収穫は、村岡と御霊神社について多少知識が得られたというところかな?

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